• 店名

    10代の頃、
    弁当屋さんでバイトをしていた。

    初日というのは緊張する。
    ぼくは特に電話対応が緊張する。
    聞き逃せない感がすごいある。

    電話が鳴る。
    先輩方がぼくに目をやる。

    シミュレーションはしてきた。
    何度も。家で。

    こういう時は大抵
    元気がないとか怒られがちである。

    そんな事は言わせない。
    シミュレーションはしてきた。
    何度も。家で。

    ぼくはできるだけ
    声のトーンを上げて受話器を取る。

    「はい、ほかほか弁当です!」

    「いや、亭な!」

    人が電話をしているのに、
    後ろからどやしてくる副店長。

    なんて失礼な奴なんだ。
    そういえば最初に挨拶した時から
    好きな感じではなかったぞ。

    とか思ってると、また

    「ほっかほっか亭な!」

    と言ってくる。ん?と思う。

    たしかに自分が今いる店は
    弁当じゃなくて、亭である。

    しかも、ほかほかじゃなくて
    ほっかほっか。

    何の違和感もなく、
    ほかほか弁当ですと口から出たけど
    店名は、ほっかほっか亭だった。

    家の近所にほかほか弁当という
    名前のお店はない。

    自分でもなぜ
    そんな名前を言ったのかわからない。

    けど、そのバイトは
    意外と一年くらいもった。